SoftBank Airの進化の歴史には、いくつかの大きなターニングポイントが存在します。初代機が「工事不要」という革命を起こし、Airターミナル2が「5GHz Wi-Fi」で安定した動画視聴を可能にしたとすれば、2016年12月に登場した3世代目モデル、「Airターミナル3」は、SoftBank Airを「個人」のものから「家族」のものへと昇華させた、極めて重要な一台と言えるでしょう。

見た目こそ前モデルから大きな変化はないものの、その内部には、現代の家庭におけるインターネット利用の形を予見し、その答えを提示した先進的な技術が搭載されていました。

この記事では、SoftBank Airが「ファミリーユース」への扉を開いた記念碑的モデル、Airターミナル3に完全に焦点を当てます。それが生まれた2016年という時代の要請、搭載された核心技術「4×4 MIMO」の真実、そして現代から見たその価値と限界まで。一台の機器を通じて、私たちのインターネットライフの進化を辿る旅に出ましょう。

第1章:【時代背景】Airターミナル3が生まれた「2016年のリビングルーム」

Airターミナル3の価値を理解するには、それが登場した2016年頃、私たちの家庭のリビングルームで何が起こっていたのかを知る必要があります。

「一人一台スマホ」時代の到来とWi-Fiへの過酷な要求

2016年は、スマートフォンの世帯保有率が70%を超え、「一人一台」が当たり前になった時代です。これにより、家庭内のインターネット利用は、かつての「一家に一台のPC」から、大きくその姿を変えました。夜のリビングでは、父親がPCでニュースを読み、母親がタブレットでレシピを検索し、子供がスマートフォンで動画を見る…といったように、複数の人間が、複数のデバイスで、同時にインターネットに接続する光景が日常となったのです。

この「マルチデバイス・マルチユーザー」という利用形態は、家庭内のWi-Fiルーターに、これまでとは比較にならないほどの過酷な負荷をかけることになりました。Airターミナル2が搭載した5GHz Wi-Fiは、電波干渉の少ないクリーンな通信を可能にしましたが、複数のデバイスが同時に大容量の通信を行おうとすると、どうしても通信の順番待ちが発生し、全体のパフォーマンスが低下してしまうという課題が顕在化し始めていたのです。

家族の平和を脅かす「Wi-Fiの渋滞」

「誰かが動画を見始めると、自分のスマホの表示が遅くなる」「オンラインゲームがカクカクになる」――こうした家庭内での「Wi-Fiの奪い合い」は、家族の小さなストレスの原因となりつつありました。市場は、単に速いだけでなく、家族みんなが同時に使っても快適な、より”賢い”Wi-Fiルーターを求めていました。この課題に対するSoftBank Airの答えが、Airターミナル3だったのです。

第2章:Airターミナル3の技術仕様 ― 核心技術「4×4 MIMO」

この課題を解決するために、Airターミナル3に搭載されたのが、Wi-Fiの同時通信性能を飛躍的に向上させる「4×4 MIMO」という技術でした。

スペック概要:速度向上と「通信車線の倍増」

・下り最大通信速度:350Mbps(AXGP)
・Wi-Fi規格:Wi-Fi 5 (802.11ac)
・アンテナ技術4×4 MIMO

下り最大速度が261Mbpsから350Mbpsへと向上したことに加え、このモデルの進化を決定づけたのが、Wi-Fiのアンテナ技術が、Airターミナル2の「2×2 MIMO」から「4×4 MIMO」へと倍増されたことです。

技術の核心:MIMOとは何か? なぜ「4×4」が革命だったのか

MIMO(マイモ / Multiple-Input Multiple-Output)とは、送信側(Airターミナル)と受信側(スマートフォンなど)の両方で複数のアンテナを使い、データを複数の流れ(ストリーム)に分割して同時に送受信する技術です。これにより、通信の高速化と安定化を図ります。

・2×2 MIMO(Airターミナル2):2本のアンテナで送信し、2本のアンテナで受信します。これは、片側2車線の道路のようなものです。2台の車が同時に走行できます。

・4×4 MIMO(Airターミナル3):4本のアンテナで送信し、4本のアンテナで受信します。これは、片側4車線の道路に拡張されたようなものです。4台の車が同時に走行できます。

この「車線の倍増」こそが、Airターミナル3がもたらした革命でした。たとえスマートフォン側のアンテナが1本や2本でも、ルーター側が4本のアンテナを持つことで、複数のデバイスに対して、より多くのデータを、より効率的に、同時に割り振ることが可能になったのです。これにより、家族4人が同時にスマートフォンで動画を見ても、それぞれの通信が干渉しにくく、快適な速度を維持できる、真の「ファミリーユース」が実現しました。

第3章:レトロスペクティブ・レビュー ― 2016年と2025年の視点

2016年当時の評価:「家族の平和を守る一台」

もし2016年にAirターミナル3をレビューしたなら、それは「家庭内Wi-Fiの救世主」として絶賛されたことでしょう。「これまで、子供が動画を見始めるとリビングのPCが遅くなっていたが、Airターミナル3に変えてから、そのストレスが嘘のようになくなった。これぞ、現代の家族が求めていたWi-Fiルーターだ」――多くの家庭で、Wi-Fiを巡る小さな争いがなくなり、その安定性に高い評価が与えられたはずです。

2025年現在の評価:絶対的な性能不足とセキュリティリスク

では、その名機を現代で使うとどうなるでしょうか。残念ながら、その評価は極めて厳しいものにならざるを得ません。
・通信速度の限界:4G回線である下り最大350Mbpsという速度では、現代の4Kストリーミングや、100GBを超えるゲームのダウンロードには全く歯が立ちません。
・Wi-Fi性能の限界:4×4 MIMOは画期的でしたが、現代のWi-Fi 6が持つ、さらに高度な同時接続技術(OFDMA)には及びません。スマートホーム機器まで含めると数十台のデバイスが接続される現代の環境では、処理能力の限界を迎えます。
・セキュリティの脆弱性:古いWi-Fi規格(Wi-Fi 5)は、最新のセキュリティプロトコル(WPA3)に対応していません。これは、悪意のある第三者から通信内容を盗み見られたり、ネットワークに侵入されたりするリスクが、最新機種に比べて格段に高いことを意味します。

第4章:Airターミナル3の歴史的価値と、今すぐ機種変更すべき理由

Airターミナル3は、SoftBank Airの歴史において、「マルチデバイス時代」への扉を開いた重要なマイルストーンです。この端末が「家族で同時に使える」という基準を打ち立てたからこそ、その後のSoftBank Airは、常に家庭内の複数人利用を前提とした進化を遂げることができました。

もし、あなたが今もこの歴史的な一台を使い続けているのであれば、それはSoftBank Airの進化を支えてきた功労者と言えるでしょう。しかし、その一方で、あなたは最新の5G対応端末のユーザーとほぼ同じ月額料金を支払いながら、速度・安定性・そして何より「セキュリティ」という点で、著しく劣るサービスを利用し続けていることになります。端末の分割払いがとうに終わっている今、セキュリティリスクを解消し、現代のインターネット体験を手に入れるためにも、最新のAirターミナルへ機種変更することは、もはや「選択」ではなく「必須」のアクションです。

まとめ:時代を築いた名機への感謝と、安全な未来へのアップグレード

Airターミナル3は、SoftBank Airを「個」のツールから「家族」のインフラへと進化させた、紛れもない名機でした。その功績は、現代の私たちが当たり前のように享受している、豊かなマルチデバイス環境の礎となっています。

その歴史的価値を理解し、感謝しつつも、私たちは安全で快適な未来を選ばなければなりません。この記事が、過去の技術への理解を深めると同時に、最新のテクノロジーがもたらす、より安全で、より豊かなインターネット体験へと一歩踏み出すきっかけとなれば幸いです。